2003年9月18日

「EOS KISS デジタル」に思う事

昨日の展示会のCANONブースで発売間近の“EOS Kiss Digital”をちょっこっといじくってみました。「なるほどね~」ただそれだけの感想。

次に“1Ds”を持ってみると「重っ!」なんなんだこの重さは。係員も「それ重いでしょ。価格もすごいけど、写りもすごいですよ。」と自慢げに説明してくれた。そんなこと分かっていますよ~。1Dsくらいの製品をもっと安く作ってくれ。

そしてその直後にNIKONブースで“D2H”を‥。「すごっ、すごすぎるぞ。こいつは~。(ほっ欲しい)」となったわけで、一般庶民がとうてい買えるような製品ではないので、いつかこれが庶民価格になるといいなぁと願うばかり。私なら1DsよりD2Hの機動力に魅力を感じます。カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ‥。カ・イ・カ・ン。

帰りの新幹線の中でじっくり“EOS Kiss Digital”のカタログを拝見しました。再び「なるほどね~」である。これならきっと売れるね。ほんとCANONは商売上手。「売れるもの」というものをよく分かっていらっしゃる。でも私は欲しいとはまったく思いません。「これが欲しい」という感触が全くないのですよ。この“EOS Kiss Digital”に関しては。

“EOS Kiss Digital”のカタログを見ながらふと思いついたこと。それは「まるで一般庶民向けの格安3000ccカーみたい」である。5万円前後のデジカメを車に例えるのなら1500ccカー、10~12万円なら2000ccカー、そして普及クラスのデジ一眼を3000ccカーに例えると分かる。販売価格と車格のバランスが取れているのが当たり前である。100万円なら100万円なりの車、300万円なら300万円なりの車である。そしてそこにはエンジンとボディのバランスもある。

バランス良く作られた車というものは案外見かけ以上に高かったりするもので、見た目が良くて排気量も大きいのになぜか格安という車にはそれなりの理由があるものだ。とにかく見た目重視、エンジンは十分なトルクがあればOKという人は“張りぼて車”でもいいのかもしれない。

最初からバランス良く作られた3000ccカーを望む人というものは、その車に対してそれなりの価値を求めるので、格安3000ccカーなど眼中にないだろう。そして出来の良い2000ccカーに乗っていた人が同じような価格帯の3000ccカーに興味があるのかといえばそれはノーであろう。なぜならばエンジンはでかくなるかもしれないが、そのしわ寄せがどこかにきていることを十分把握しているからである。

ならばどのような人が“張りぼて3000ccカー”を買う可能性があるのかといえば、すばり「いつかはクラウン(相当古いキャッチだが)」と長い事思いつつ、ずっとクラウンを買えなかった人であろう。

“張りぼて3000ccカー”といっても十分なトルクを発揮するエンジン、大きめなボティ、もちろん基本的な運動性能は持ち得る、よってそれ以上を望まない人にとっては十分に満足できる車であろう。

“EOS Kiss Digital”というものは、1500ccカーに乗っている人に対して「そろそろ、もうひとつ上のクラスはどうでしょうか。この3000ccカーなら2000ccカーと同額程度でお買い求めできます。もちろん3000ccですから乗り易いですよ。1500ccカーとは次元の違う走りを楽しめますよ。」と勧めているように思えるのだ。

大排気量車のトルクフルな走りのように“EOS Kiss Digital”で撮った写真はコンパクトデジカメとは異次元の写りをするだろう。その先を望まなければ“EOS Kiss Digital”を使っている人はきっと幸せだろう。

そう“張りぼて3000ccカー”のようにその人が満足すればそれでいいのである。もし不満点が出てきても文句を言ってはいけない。きっと“出来の良い3000ccカー”に乗っている人からは「しょせんは“張りぼて3000ccカー”なんだから諦めな」と言われるだけだ。