2003年6月10日

FZ1は面白い

使うのは年末までの1シーズンだけと決め、転売先もほぼ決まっていたFZ1であるが、その予定が変わろうとしている。

何回も書いたことであるが、FZ1は“おもちゃカメラ”であり、けっして「作品」作りなどしようと考えてはいけない。機動力を活かしてパシャパシャと気軽にスナップすることを得意とする機種である。

まともな撮影としては、まだ2日間しか使っていないのだが、購入する以前とは違った印象を持つようになった。

購入前
「面白いかもしれないが、カメラとしてはイマイチだよな。」
もちろん、このカメラとしてはの意味するものは「マニュアル」と「画質」である。

購入後、使ってみて
「こいつは面白い。それだけで十分。」
実際に使ってみてFZ1の面白さが私の“カメラとしての拘り”を上回り、単純に「撮っていて面白い」と感じるようになった。

DMC-FZ1FZ1の長所はE-20の短所を補うものである。そしてFZ1の短所はE-20の長所で補うことができる。これはまさに最適なコンビネーションかもしれないと思えるようになった。

「画質」という物足りなさとの引き換えに、ストレス無く撮り続けることができる快適さを得ることができる。それこそが短所を上回る長所であると私はFZ1に感じた。

“写真を撮る”スタイルには大きく2つあると思う。それは、じっくり撮るのか否かである。

シャッターを押したいときに押せるという当たり前のことができないデジカメが非常に多いが、FZ1はそれができる。そして、遠くのものをもっと大きく撮りたいという欲求にもFZ1単体で応えてくれる。

“カメラとしての拘り”の中に今まで私は「機動力」というものを含めていなかったが、それはE-20を使っている上で妥協せざるを得ない状態であったからである。しかし、撮影中に「もう少しなんとかならんのか」と不満に思うことが何度もあったことは事実である。

“機動力最優先主義カメラ”として捉えることができれば、FZ1に不満を感じることはない。

FZ1とは半年だけの付き合いのつもりだったが、もう少し長くなるかもしれない。