今回の琵琶湖遠征の散策ポイントは「竹生島」「長浜」「近江八幡」「沖島」です。自転車ありだと撮影散策に不便ですが、都合よく自転車を預けることができたため、リュック1つという井出達でのんびり長浜を散策します。
長浜にはブロンプトンの旅でも立ち寄ったことがありますが、あくまでも北国街道の宿場町のひとつであり通過地点という扱いにしていたため、とりあえず主な場所を少し見た程度です。
今回はざっくりと2時間ほど時間を割り当てることができるため慌てる必要はありません。実は時間を気にせずにぶらぶらしていたため、長浜を離れたのは3時間後でした。今までと違い、自転車での自走の必要性を求めなければ、かなり大雑把なタイムスケジュールでいけます。
10月20日
撮影機材 : α7III + TAMRON 35-150mm
慶雲館
ここはスルーするつもりでしたが、少し前方を歩いていたシニアのご夫婦が入っていったので、私もつられて入園。
観覧料:300円
以外にも見どころが多くて大量に写真を撮りました。ここだけで記事1本分のボリュームになってしまうため厳選。
「玉座の間」
明治天皇、皇后両陛下の御休憩所として建築された「慶雲館」の二階に、両陛下を迎えるための「玉座の間」が設けられました。実際にこちらで御休憩されたようです。庶民には近寄りがたい雰囲気が漂う空間です。
外観も立派な建物ですが、インスタ映えを狙うならこの構図が良いかもしれません。独りだと撮る相手がいなくて残念ですが。
ワンパターンですが「灯籠を覗いてみれば」です。こういうのが好きですから、ついつい狙ってみたくなります。
アート的な構図で一枚。
こちらはピントを窓枠に合わせてみました。もっと背景をボカしたいところですが、焦点距離50mmで絞りf4ではこの程度です。f1.4のレンズならどのように撮れるのか妄想が膨らみます。
道路向かいある「長浜鉄道スクエア」。こちらは超ミニミニ鉄道博物館という感じです。
観覧料:300円
以外にも空いているため、SLの運転席もゆっくり見ることができます。この時も小さい子供連れのファミリーが数組だけでした。
「ぼろい建物」ではなく「レトロな建物」を眺めながら歩きますが、なかなか「これだ!」と閃く被写体に出会えません。
レトロを通り過ぎた建物。最近の台風は強力なものが多いのですが、よく持ちこたえていますね。
インスタ映えスポット。注意書きがあるのにも関わらず頭を突っ込んで撮っている人がチラホラいます。
宿場町の面影とは無関係な商店街も観光客で賑わっています。長浜ってこんなに人気があったのでしょうか。
“静かな町”をイメージしていたのですが…
突然現れる「お花きつね」。
いたるところにキツネを見かけますが「長浜 お花きつね」で検索するとその理由が分かります。
「真宗大谷派長浜別院大通寺」
「お花きつね」の昔話はこの「大通寺(だいつうじ)」に由来します。
立体感がある写りです。
昨年の京都歩き旅では「EOS 6D MarkII」を使いましたが、その時の「写りがイマイチだなぁ」の理由はレンズにあります。フルサイズ機でも良いレンズを使わなければ本領発揮しません。
先ほどとは違う商店街ですが、こちらは食事処が少ないからなのか非常に空いています。
「秀吉公と石田三成公 出逢いの増」
この秀吉の顔が大河ドラマ「軍師官兵衛」の秀吉を演じた竹中直人さんにそっくりです。
城の外観をしていますが「長浜市長浜城歴史博物館」です。
1606年(慶長11年)に内藤信成・信正が城主になるが(長浜藩)、大坂の陣後の1615年(元和元年)に内藤氏は摂津高槻に移封され、長浜城は廃城になった。資材の大半は彦根城の築城に流用された。彦根城の天秤櫓は、長浜城から移したものと伝えられている。その他、長浜市内にある大通寺の台所門は長浜城の大手門を移したものと伝えられ、今でも矢尻の跡を見ることができる。同市内にある知善院の表門は、長浜城の搦手門を移したものと伝えられている。城の一部が琵琶湖に水没し、長浜城遺跡となっている(琵琶湖湖底遺跡)。現在の天守は1983年に犬山城や伏見城をモデルにし模擬復元されたもので、市立長浜城歴史博物館として運営されている。
ウィキペディア(Wikipedia)
豊公園内にある豊臣秀吉公像。
歩けば結構見どころが多い「長浜」でした。