初めての小笠原諸島の旅 プロローグ

50歳過ぎると「やってみたい」とか「行ってみたい」という悠長なことは言ってられません。身体が動くうちに「やっておく」「行っておく」となるからです。

「ブロンプトンで日本一周」を達成後は自転車に拘らずに「行っておきたい場所」に行くようにしています。「日本の世界遺産」のコンプリート間際にも関わらず「まっ、来年でいいか」と先送りしていると、「日本の世界遺産」が増えてしまうので困ります。

クリアしていく順番に拘りは無いのですが、小笠原諸島に関しては何度も「今年こそは」と年頭に思いながらも先送りしてきました。先送りしないためには年明けすぐに予約してしまうことです。

まずは宿の確保ができるのか。それに尽きるため宿の状況を調べても、困ったことにどこもネット予約できません。3月分の予約はいつからなのか。それを待っていては船の予約ができないかもしれない。船の予約は「〇月〇〇日一斉販売」となっているため、さてどうしたものか。

調べてみると「船+宿」を確保してくれるツアー申込がありました。問題は父島に3連泊になるため、父島、母島、父島という変則的な宿泊ができません。

24時間掛けて父島に向かって、24時間掛けて東京まで戻る行程になるため、6日間の日程でも現地で使えるのは、半日、1日、1日、半日となります。

ガイド本によると現地で申し込むオプショナルツアーがいろいろあって、半日コースを2回、完全フリーを2日間とすることができます。

ざっくりと「オプショナルツアー半日コース、父島サイクリング、母島サイクリング(実質4時間)、オプショナルツアー半日コース」で良いかと決めた時点で旅行会社のWebサイトからツアーを申し込み。そして、1月16日に手配完了のメールを受信。ツアー代金を支払って「小笠原諸島の旅」が確定です。

その後、「札幌・小樽」の撮影旅行やら、4月の沖縄遠征の手配をしたりで、忙しく過ごすうちに気が付けば3月。

ブロンプトンを持っていけば現地ではどうとでもなるかと気楽に考えるも、荷物の多さに気が滅入ります。今回はセントレアから飛行機でいっきに移動ではなく、まずは東京まで新幹線で移動、そして船で父島まで移動となるため、荷物を厳選する必要があります。

改めて父島の地図を眺めると「あれ?歩ける距離ではないのか」と思えて、少し調べてみるとぐるっと歩いても25km程度。巡回している路線バスもあるため、「自転車要らんかもしれない」となり、父島のハイキングネタを調べてみると、滞在中は“ひたすら”ハイキングを楽しめるようです。

ということで、「初めての小笠原諸島の旅」は「父島ハイキング」に特化させることにしました。そう決めたのが出発の前日の夕方でした。

3月16日

朝一の“ひかり”の乗るため名鉄本線の始発で豊橋駅へ向かいますが、土曜日でも乗車人数が多くて驚きます。皆さん早起きして遊びに行くようです。


そして、平日の並みの混み具合になっている“ひかり”で東京へ向かいます。


何かあると困るため朝一の“ひかり”に乗車したわけですが、必然的に乗船カウンターの窓口はまだ開いていません。思ったより父島へ行く人は少ないなぁと思ったのは、ただ単にここに来た時間が早かっただけで、乗船時間になると、大勢の人でごった返す状態になります。飛行機の優先搭乗と同様に船にも優先乗船というのがあって、お高い部屋を使う人たちは先に乗船します。しばらくまってから、二等寝台、二等和室の人たちが乗船します。


ぞろぞろと大きな荷物を持った人たちが乗船していきます。今さらながら「自転車無しにしたなら重い荷物を背負わずにスーツケースにすれば良かったのに」と他の乗船客を見ながら思うわけです。


二等寝台は二段ベッドになっています。とりあえずは荷物置き場みたいなものです。太平洋フェリーの時は本当に寝るときだけベッドに戻ったので、今回もそのつもりでしたが、その思惑は大いに外れます。


まずはデッキから出航の雰囲気を楽しみます。


いざ出航。


東京タワーが見えます。


お台場のレインボーブリッジの下を通ります。レインボーブリッジといえば「レインボーブリッジを封鎖できません!」でしょと妄想していると、隣のカップルがその話題で妙に盛り上がっているので独り旅に寂しさを感じます。


「べた踏み坂」のように撮れます。


羽田空港。晴天なら絵になったのに残念です。


しばらく船内を散策してみますが、「あれ?」の連続です。なんと、くつろぐためのフリースペースが殆どありません。少ないフリースペースはグループ旅行の人たちに占有されているため、現地に着くまで空くことはなさそうです。娯楽施設どころかテレビすらありません。太平洋フェリーのような快適な船旅は望めそうもありません。


さらに散策すると穴場的な場所を発見しましたが、この場所にいると妙に揺れを感じるため長居できません。


仕方がないため、まだ冷たい風が吹くデッキで海を眺めながら乾杯タイムです。


実はベッドに戻って本を読み始めたのですが、15分くらいで船酔いを感じたためギブアップしたのです。それにしてもすることがありません。夏場なら「涼しいなぁ」かもしれませんが、3月では「寒いなぁ」です。


夕陽を狙ってカメラを構える人が大勢いましたが、残念ながら太陽は雲の中に隠れてしまいました。


身体が冷えてしまったため、お風呂タイムにしたいのですが、狭いシャワールームがあるだけです。太平洋フェリーには大浴場があるのに…

太平洋フェリー(「名古屋港→苫小牧」)のS寝台(1段ベット)の料金は14400円。おがさわら丸の2等寝台(2段ベット)の料金は27250円。船旅を楽しむ太平洋フェリーに対して、おがさわら丸は父島までの移動手段ということでしょうか。船旅という気分にはなれません。ちなみにS寝台(1段ベット)と同等の特2等寝台(プレミアムベッド)は36160円もします。

3月17日


日の出も雲の中でした。


10時18分、小笠原諸島の弟島が見えてきました。北から弟島、兄島、父島と並び、少し離れたところに母島があります。そして母島の近くに姉島、妹島もあります。


誰かが「あっクジラだ!」と叫んだため、TX2で狙ってみました。換算360mmでも全く足りないためトリミング。


これはイルカでしょうか。遠くからでは見分けがつきません。


見るからに父島は「山」ですね。実は、港周辺だけ平坦で100mも奥に進むと超激坂になります。さらに路線バスが走らない港の反対側の道路は勾配10%のアップダウンの連続です。よって「自転車要らんかった」は正解です。大正解は「ミニバイク」であることは、この二日後に思い知らされます。


なぜか「にっぽん丸」が停泊しています。後ほど調べてみたところ「名古屋発着 小笠原クルーズ」というツアーのようです。快適な船旅らしく結構なお値段です。


お出迎いの人たちで賑わう港にもうすぐ着岸です。


宿泊する宿名が書かれたプラカードを掲げている人のところに集合。


歩いても数分の距離ですが、町を案内されながら宿のワンボックスカーで移動。本日から3泊4日、お世話になります。


こちらの生協は朝早くから営業しているため弁当の調達に助かります。もちろん、ハイキング後の晩酌セットの調達も。

「プロローグ」はここまでです。「父島ハイキング その1」に続きます。



関連エントリー